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健康経営は「健康のため」だけではなく「経営のため」にも取り組むもの

リサーチ 関西から考える未来のビジネス

2020.03.05
健康経営は「健康のため」だけではなく
「経営のため」にも取り組むもの

企業が経営的な視点から従業員の健康管理に取り組む「健康経営」。多くの企業が指標としている喫煙率や定期健診受診率、残業時間などのほかにも、近年は心身が不調のまま出社することで生産性が低下してしまう状況「プレゼンティーイズム」も課題になっています。経営者や従業員は健康経営をどう捉えたらよいのか。早い段階から専門部署を設置して健康経営に取り組んできたDeNACHO室の平井孝幸さんと、オフィスをハードとソフトの両面からデザインするウエダ本社の代表・岡村充泰さんに、健康経営のもたらす価値とその実現に向けたアプローチについて伺いました。

(聞き手/オプテージ 霜野佑介、下田平卓也、辻善太郎、藤井悟、上田賢司)

健康経営の目的は従業員に能力を発揮してもらうこと

オプテージ:まずはお二人の現在の取り組みについて教えてください。

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今回はDeNAの平井さん(左から3人目)とウエダ本社の岡村さん(左から4人目)にオプテージが話を聞きに行った

岡村:私はもともと事務機器を販売していた家業のウエダ本社を継いで代表をしています。私が入った2000年頃は赤字。そのときからオフィス空間の設計やデスクやイスの納入といったハードからではなく、働いている人が個性を発揮し集まっている人から価値が生まれる仕組みをプロデュースしていこうと決めました。大企業がやりそうにないことにこそ、中小企業の生きる道があると思ったのです。

具体的にはオフィスリニューアルの相談があれば、まずはその会社の従業員のみなさんとワークショップを実施します。シチュエーションによって最適なイスの種類は異なるので、イス1脚を決めるにしても「この部屋で私たちは何をやらないといけないのか」「私たちは何のために働いているのか」というところまでさかのぼって考えていく。こうした工程に時間をかけることで、働いている人が本来の能力を発揮できる場所になっていきます。

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働く環境だけでなく、地域のスペースなどもプロデュースするようになり、ウエダ本社は「地域の総合商社」になりつつあると話す、ウエダ本社の岡村さん

平井:私は従業員が健康で生き生きと働けるようになれば、会社の業績向上につながると考え、2016年にDeNACHO(Chief Health Officer)室を立ち上げました。従業員アンケートで健康に関する課題を見える化し、その課題に対して適切なソリューションを作っています。

座っている時間や画面を見ている時間が長いことから、特に課題として挙げている腰痛と肩こりの解消に向けた「腰痛撲滅プロジェクト」などを立ち上げました。ほかにはどの企業にも共通しているメンタル面についてです。メンタルをサポートする施策を、マインドフルネスを提唱する先生や外部研究所と一緒に作って社内に展開しています。

オプテージ:平井さんはまさに従業員の健康という課題に対して取り組んでいて、一方の岡村さんは健康の周辺にある働き方を変えてこうとしているという感じでしょうか。私たちは一般的に言われるような健康管理だけでなく、働く環境や働き方も含めて、企業側・従業員側の双方にとって必要な健康経営とは何かを探っていきたいと考えていました。まずは平井さんが健康経営に取り組む目的はどんなところにあるのでしょうか。

平井:「プレゼンティーイズム」という言葉をご存じでしょうか。不調を抱えたまま出社することで生産性が低下してしまう状況のことです。従業員アンケートで分かった腰痛や睡眠に関する悩みは、仕事に集中しきれていない状態を生んでいることが分かりました。

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比較的若い従業員が多いDeNAにとってもプレゼンティーイズムはとても重要な問題だと語る、DeNAの平井さん

優秀な人材が健康面のせいで能力を発揮できないということは、会社がその分の損失を被っていることになります。実際に、私の身近にいた人たちの腰痛や睡眠の問題を改善したところ、生産性が改善した気がするといった声も聞こえてきました。これを全社展開したら大きな成果が得られると考えて、CHO室の立ち上げを経営者に提案しました。

また、当社にはインターネットを活用したヘルスケアサービスを提供するヘルスケア事業部があり、社外のお客さまに向けてヘルスケアサービスを作るなら、まずは社内のヘルスケアへの意識をしっかりしたいとも思っていたんです。

継続するための健康経営で気を付けたい「予算感」

オプテージ:そこで始まった具体的な取り組みが「腰痛撲滅プロジェクト」やメンタルサポートの仕組みだったわけですね。

平井:目指したのは、社員のヘルスリテラシーを高めて自然に健康になっていくように行動を変えてもらうことです。特に面白いと感じたのは廊下やトイレに貼っているポスターですね。自部署でキャッチコピーを考えたり社内デザイナーに協力してもらったりして、予算をあまりかけないものの、従業員アンケートで行動変容を促す意識付けに一役買っていることが分かるなど、注目する結果が出ています。

オプテージ:ポスターを作る上でのコツはあるのでしょうか。

平井:ポスターではなるべく強制や禁止することは言わないようにしています。「タバコは体によくない」とか「歩こう」とか。というのも、当社では健康への取り組みに対して「①Smile(笑顔)、②Positive(前向き)、③Diverse(多様性)、④Sustainable(継続)、⑤Collaborative(連携)」という5カ条を掲げています。その中のDiverse(多様性)を重要視しているからです。

それよりも「頭の重さは5キロある」といった豆知識を伝えることで、「それだけ重いものが首の上に乗っているんだったら姿勢に気を付けよう」と気付いてもらえるようにしています。

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DeNAのCHO室で作成したポスター。言葉やイラストなどにこだわることで、従業員の行動変容を起こしやすくしている

また、先ほど述べた5カ条の中のSustainable(継続)を実現するためには、無理な予算感で行わないということも心掛けています。健康経営は投資ではありますが、福利厚生として位置付けられてしまうことが世の中ではまだまだ一般的です。福利厚生は、ともすると業績に応じて予算が削られてしまうこともあります。そのため、最初から無理のないコスト感を築くことが大切だと社内外に伝えているんです。当社は健康経営銘柄企業の中では一番低予算かもしれませんね(笑)

岡村:確かにこういう取り組みであれば、中小企業でも負担にならずに続けられるので、ありがたいですね。

個性が発揮できる職場なら、企業の業績も個人の幸福度も上がる

オプテージ:岡村さんの場合はどういう思いがあって今の活動を行っているのでしょうか。

岡村:私たちがテーマにしているのは働き方です。もともと日本の職場では誰に対しても画一的な能力が求められることに違和感がありました。従業員の数だけ秀でた能力は違うのだから、その一人ひとりの能力をもっと引き出したいと考えて、事業を展開しています。一人ひとりの能力を引き出すことは、企業の業績や価値を上げるだけでなく、従業員自身の幸せにもつながります。

私は人に対して両極端の考えを持っていて、1つは「人なんてどうせ」という考え方です。人なんてどうせ、やれと言われても嫌なことはやらないし、やっても生産性は低い。無理強いしても成果につながらないのです。もう1つの考え方は「人は素晴らしい」ということ。今の職場には能力を最大限発揮できるような場がそれほどあるわけでないので、環境によって人はもっと能力を発揮できるはずです。だから私たちは従業員が自発的に動き出すような環境を作ろうとしています

今の働き方改革は時間にとらわれすぎています。従業員が早く帰るかどうかなんて自分で決めることです。工場のラインで働く人たちのように時間と成果が結びついている人たちはほんの一部なのだから、従業員一人ひとりが能力を最大限に発揮して高い価値を生み出せているかにこだわるべきです。そのためには従業員は健康であった方がよいし、個性が尊重される環境であった方がよいと思っています。

オプテージ:そうした個性を大切にした環境も健康経営につながってくるのかもしれませんね。

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京都にあるウエダ本社のオフィス。自分たちのオフィスで試してよかったアクションをクライアント企業に提案するため、さまざまな仕掛けが実験的に運用されている

BMIを改善しても生産性にはつながらない

オプテージ:実は当社も健康経営を本格化させようと検討しているところです。健康経営に取り組んでいる大企業では、喫煙率や時間外労働時間、BMIなど、網羅的に目標設定をしている企業も多いと思います。DeNAさんはまずは腰痛、肩こり、メンタルにフォーカスを当てているのが印象的でした。どうやって評価指標を選んでいるのでしょうか。

平井:当社は定期的な従業員アンケートを行っており、その結果で分かる健康課題が生産性に寄与する指標かどうかで決めています。

オプテージ:では例えばBMI改善などはどうですか。

平井:今のところ、課題としては強くあがってきていないんですよね。

もともと経済産業省は「経営の役に立つから健康経営をやりましょう」と言っていました。でも今は「健康のためだけの健康経営」が主流になっています。喫煙率を下げたり健診結果をよくしたりしても経営に関係ないと中小企業の社長たちは考えています。ここでもう一度「経営のための健康経営」にかじを切り直さないと、健康経営業界自体がダメになってしまう。だからこそ、プレゼンティーイズム解消に向いているかどうかを重視していますし、ヘルスケア事業などとのシナジーを生んでいこうと取り組んでいます。ただの「健康ごっこ」で終わらせたくないのです。

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オプテージで健康経営を担当する人事チームの上田(左)と労務チームの藤井(中央)も参加し、健康経営に取り組み始める企業としての悩みや疑問をぶつけた

オプテージ:私たちもまさに同じ疑問を抱いていたのでとても納得できました。では健康経営を始めるに当たって心がけておくことは何でしょうか。

平井:何のために取り組むのかを最初に明確にした方がよいと思います。ソリューションありきではなく、自分たちの会社が何を目指していくのか、その中で健康経営は自分たちにどんなメリットをもたらすのか。私も最初は半年くらいの時間をかけて上層部や従業員と健康経営をする目的についてコミュニケーションしました。

岡村:それは必要ですね。腹落ちしていないと自分ごとにならないので、従業員は動いてくれません

オプテージ:以前にウエダ本社さんのオフィスを見学させていただいたときに、従業員同士で感謝の言葉を伝え合うサンクスカードの仕組みが形骸化せず積極的に活用されている様子を見て、とても驚きました。従業員に腹落ちして動いてもらうコツはあるのでしょうか。

岡村:サンクスカードを送ることを義務付けてしまうと形だけのものになってしまいます。制度の狙いは、みんながその人のキャラクターを知って、担当している業務を理解することなんです。そうなれば仕事もスムーズに回りやすくなります。こうした狙いがあることを何度も丁寧に従業員へ説明してきました。健康経営のために作った制度でも同じことが言えるかもしれませんね。

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ウエダ本社で運用されているサンクスカードの制度。従業員同士で月に1千枚ほどが交換される

オプテージ:少し違った観点から質問させてもらうと、従業員の家族へのサポートについて何かされていることはありますか。

平井:家族の健康にも貢献できる活動がしたいとは考えていますが、まだ難しい部分が多いです。当社では、年に1度従業員の家族をオフィスに招待するイベントとしてファミリーデーを実施していて、そのときに所属健保と連携したお子さまの歯科健診ブースを設けるなどアプローチしています。

岡村:当社は、プライベートの問題もあるので強制することはありませんが、家族の問題も含めて本人のモチベーションが上がらない理由や譲れない趣味などがあれば教えてもらうように促しています。従業員の行動の背景が分かっていれば周りは納得しやすいですから。リーダーによる毎週の面談や私による半年に1回の面談など、話せる機会を作って仕組み化しています。私たちは暑苦しいところがあって、そういう面談の場でも「何のために生きているのか」というところから考えて1年間の業務役割を導いたりしています(笑)

オプテージ:ちなみにDeNAさんはCHO室と人事労務部が分かれていますが、健康経営に関する人事労務施策を打ちにくいと感じることはありませんか。

平井:健康経営に取り組むCHO室は代表取締役兼会長直轄の部署で、従業員のパフォーマンス向上を健康面からサポートすることを目的としています。人事総務部は働く環境を支え、健康管理室は社員の健康管理を支援するという目的ごとに分けた3つの別組織にしています。というのも、人事評価と健康課題が結びついていると受け止められてしまうと、従業員の本音が聞き取りにくくなる可能性があるからです。三位一体の体制で動いているので、仕事がやりにくいと感じることはないですね。

健康経営の効果をどう測定していけばよいのか

岡村:私たちは仕事柄、企業としてオフィス空間に投資してどれだけの効果が上がるのか数値を求められることが多いのですが、今はそれを証明するエビデンスが少ないのが悩みの種です。健康経営の場合はどうしているのでしょうか。

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日本人の仕事観を変えていきたいと考えるものの、クライアント企業に新しい働き方が有益だと納得してもらうためには数字によるエビデンスも必要になると話す岡村さん

平井:2016年当初、CHO室を設立するにあたり、健康経営活動の価値を数値化するため、各分野の専門家による試算を行い、運動、食事、メンタル、睡眠によって年間約23.6億円の損失があることを算出しました。

成果の定量化への取り組みとしては、新潟医療福祉大学と組み、健康経営が何パーセントの生産性向上につながっているかを研究したりしています。また、健康経営に取り組んでいる企業であるということは、採用活動時にも候補者たちにどんな会社か知ってもらうブランディングの1つになっていると思います。

これからも新たな視点を提唱していく

オプテージ:ご自身の思いを広めていくために社外で活動されていることはありますか。

平井:私が取り組みを始めた2016年当時は、オフィスのある渋谷で健康経営に取り組んでいる企業が少なかったので、もっと広がりを作りたいと渋谷にある企業に声をかけて、健康経営を推進していく団体「渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム」を立ち上げました。

また、東大病院の研究員になってから、本気で健康経営に取り組む企業を集めて、全国に広げていきたいと考え、健康経営銘柄企業研究会も立ち上げました。

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今は兼務と合わせて5人ほどの組織となったDeNACHO室。もともとは平井さん一人で立ち上げた

岡村: 私は12年前から「京都流議定書」というイベントを毎年開催しています。イエスノーがはっきりしないところや、順番を間違えるとうまくいかないところなど、京都人でありながら京都が好きではなかったのですが(笑)、実は外国から見た日本と同じ印象なのです。そして京都は「規模が大きいからすごい」とは評価せず、「どこが本物か」によって評価します。そうした数値化されない面を評価できることに価値があると思うようになって、同じ価値観を持つソーシャルな人たちとその重要性を考えて発信していくために始めました。日本の縮図である京都から新しいことを考えていきたいと思っています。

オプテージ:最後にお二人がこれから取り組んでみたいことをお聞かせください。

岡村:国を含めて時間で成果を図る働き方を変えていかないと、少子高齢化で労働力が減っていくこれからの日本は、国際競争を生き残っていけません。逆に考えると、それぞれが持つ個人の能力がもっと発揮できるようになって、これまでにない価値が創造されていく時代です。

また、中小企業の強みは思い切った手を打てることです。大企業の後追いをしていても勝てるわけがありません。だから小さくてもよいので、こうすればうまくいくという例を見せて壁を崩していきたいですね。

平井:私自身は、経営につながる健康経営を自らがどれだけ体現できるかというところです。みんなの健康状態がよくなることで、事業の中でよりよいサービスが生み出され、新しい事業が生まれてくるという好循環をもたらしたい。直接的にはヘルスケア事業部に対し、健康経営で培ってきた知見を生かして、より事業をブラッシュアップしていきたいと考えています。

健康経営はコストではなく、投資だという認知を広めて、「健康のためだけの健康経営」ではなく、業績に貢献できる「経営のための健康経営」に取り組もうとする企業が増えていくことで健康経営が日本中に普及していくことを願っています。

(文/高橋秀典 写真/合田和弘、山下佳澄)

編集後記

平井さんは自ら健康経営の専門組織を立ち上げて、企業業績を意識しながら、生産性向上と健康向上を結び付けてきました。社内での取り組みがないところから、健康経営の成果を定量化するために大学と共同研究したりと、数値的なエビデンス作りに妥協しない点が印象的でした。平井さんの情熱が経営者のコミットメントにつながっているのだと思います。

一方の岡村さんは一人ひとりの個性や幸せを大事にしていて、企業と個の結び付き方が大きく変わろうとしている中、「人」を中心に考え、企業・従業員が共に成長を実現していくための経営のあり方を知ることができました。そのパッションと試行錯誤しながらの仕組みづくりで、従業員だけでなくクライアント企業の心をもつかんでいるのではないかと感じました。

共通して感じたのは、健康経営から本質的な成果を生み出すには、経営層がコミットメントして本気になって取り組む以外にないということです。本気で取り組むからこそ、ブランディングとしての効果も生まれてきます。私たちもエビデンスに基づいた説得力のあるやり方を模索しつつ、周囲を巻き込んで健康経営で成果を上げていきたいと思いました。

  • 岡村充泰さん株式会社ウエダ本社 代表
    1963年京都府生まれ。2000年に実家のウエダ本社に副社長として入社し、再建に着手。2002年には社長に就任し、顧客の働く環境のプロデュースに乗り出す。2008年からは京都の強みを再認識するイベント「京都流議定書」を毎年開催している。
  • 平井孝幸さん株式会社ディー・エヌ・エー CHO室室長代理
    1982年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、起業などを経て2011年にDeNAに入社。2016年にCHO室を立ち上げ、2年連続で健康経営優良法人を取得後、2019年には健康経営銘柄に初認定を受けている。東京大学医学部附属病院研究員のほか、健康経営に関する国の委員も務める。
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